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宇都宮地方裁判所 平成2年(行ウ)1号 判決

宇都宮市江曽島町一二五六番地二一

原告

井上隆央

原告訴訟代理人弁護士

米田軍平

一木明

宇都宮市昭和二丁目一番七号

被告

宇都宮税務署長 早川榮一

右指定代理人

仁田良行

手塚俊文

山田文恵

田村利郎

山本廣美

谷田部浩

関澤節男

須藤哲右

櫻井勉

主文

一  被告が昭和六三年九月二七日付けでした原告の昭和六二年分の所得税についての更正(異議決定において取り消された後のもの)及び過少申告加算税賦課決定のうち、総所得金額を六二三万九八二〇円として計算した額を超える部分を取り消す。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用とこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が昭和六三年九月二七日付けでした原告の昭和六二年分の所得税についての更正(異議決定において取り消された後のもの。以下同じ。)のうち、総所得金額三二二万七〇〇〇円、納付すべき税額九万六一〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  本件は、電気配線工事業を営む原告が昭和六二年分(以下「本件係争年分」ということがある。)の所得税について確定申告をしたところ、被告が反面調査によって把握した原告の仕入金額(これを売上原価とみなした。)をもとに同業者所得率を用いて原告の事業所得金額を推計し、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定を行ったのに対し、原告が、被告の右各課税処分は推計の必要性及び合理性を欠くものであり、原告の事業所得金額を過大に認定した違法があるとして、被告に対し、その実額を主張して右各課税処分の取消を求めた事案である。

二  争いのない事実

原告は、住所地で電気配線工事業を営み、青色申告書以外の申告書で申告する者(いわゆる白色申告者)であり、同人の本件係争年分の所得税についての確定申告、これに対して被告が昭和六三年九月二七日付けでした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)並びに右各課税処分に関する不服申立ての経緯は、別表一記載のとおりである。

第三争点

一  推計の必要性について

1  被告の主張

被告は、原告の確定申告に係る所得金額が適正なものであるか否かを確認する必要があったことから、被告所部の職員をしてその調査に当たらせたものであり、右職員は、原告方に臨場し、帳簿書類の提示を求めるなど再三にわたり調査に協力するよう要請したが、原告が全くこれに応じなかったため、やむなく推計により算定した所得金額で本件更正を行ったものであり、被告の調査に違法はなく、本件において推計の必要性があったことは明らかである。

2  原告の主張

原告は、被告所部の職員に対し、調査を拒否する態度を示したり、非協力の言動をした事実は全くなく、ただ具体的な調査理由の説明を求めたに過ぎないのに、右職員は、「所得金額の確認の必要」というだけで、その調査の必要性を具体的に説明せず、高踏的態度をとり続けてこれを拒否し、原告の加入している宇都宮民主商工会(以下「宇都宮民商」という。)の役員らの立会等を理由に帳簿書類の調査を行わず、一方的な反面調査により推計課税をなして本件更正を行ったものであって、被告の調査は違法であるから、本件において推計の必要性の前提が欠けている。

二  推計の合理性について

1  被告の主張

(一) 被告は、原告の事業所得金額を推計するに当たり、原告が調査に全く協力せず、実額により所得金額を算出することができなかったため、反面調査により把握した仕入金額を売上原価とし、これを比準同業者の平均売上原価率で除して収入金額を算出した上、比準同業者の平均所得率を乗じて算出する方法を採用した。

(二) 被告は、右推計に当たり、次の抽出基準のすべてに該当する原告の納税地を所轄する宇都宮税務署管内の個人事業者全員(別表四記載の一〇名)を機械的に抽出し、比準同業者として採用したものであり、右抽出過程において恣意の介在する余地は全くないとともに資料は正確であるから、被告の推計方法には客観的な合理性があることが明らかである。

(1) 暦年を通じて電気配線工事業を継続して営んでいた者

(2) 他の業種を兼業していない者

(3) 所得税青色申告決算書を提出していた者

(4) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

(5) 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行って係争している者以外の者

(6) 昭和六二年分につき「売上原価」が一七二万円以上六九〇万円以下の範囲の者(この売上原価の範囲は、被告が主張する原告の本件係争年分の売上原価〔ただし、訂正前の金額三四四万九五三一円を基準とする。〕のおよそ二分の一以上、二倍以下に該当する。)

(三) 原告の本件係争年分の総所得金額(事業所得金額)及びその算出根拠は、以下のとおりである(別表二及び四参照)。

(1) 仕入金額 三二六万五八一九円

本件係争年分の藤井産業株式会社からの仕入金額一九六万三五三二円及び明電産業株式会社からの仕入金額一三〇万二二八七円の合計額である。

(2) 売上原価 三二六万五八一九円

本件係争年分における期中使用量と購入量とが同一であるものとみなして求めた売上原価の額であり、右(1)の仕入金額と同額である。

(3) 収入金額 一二六八万七七一九円

右(2)の売上原価を、前記(二)の比準同業者の売上原価率(売上原価の売上金額に対する割合)の平均値二五・七四パーセント(一-七四・二六パーセント〔別表四〈5〉欄記載の差益率の平均値〕=二五・七四パーセント。)で除して算出したものである。

(4) 事業所得金額 六二三万九八二〇円

右(3)の収入金額に、前記(二)の比準同業者の所得率(所得金額〔いわゆる青色申告の特典控除前の金額〕の収入金額に対する割合)の平均値四九・一八パーセント(別表四〈6〉欄記載の所得率の平均値)を乗じて算出したものである。

(四) 以上のとおり、原告の本件係争年分の事業所得金額は六二三万九八二〇円であるから、本件更正及び賦課決定のうち、右金額の範囲内の部分は適法である。

2  原告の主張

原告と同種同規模の業者の特前所得率(青色申告の特典控除前の所得率)は、被告の内部資料(甲第一号証。「昭和五七年分一般事後調査事績に基づく効率等」)に照らしても二四・〇ないし三〇・二パーセント程度と考えられるところ、本件で被告が採用した比準同業者の所得率の平均値は四九・一八パーセントと異常に高く不合理である。被告は、事業規模や業態等を全く考慮せずに比準同業者を抽出し、機械的にその平均所得率を算出、適用したもので、被告の推計は、明らかに合理性を欠いている。とくに、本件で抽出された比準同業者は、いずれも小規模ないし零細業者と考えられ、家族の専従によって事業活動を営んでいるとみられる。しかしながら、原告は、従業員一名を雇用し、一部を外注に出しているのであり、被告の同業者の選択は不適切である。また、所得率の算出に際しては、青色事業専従者給与や青色申告控除額を控除した後の所得金額をもとにすべきである。

三  実額反証について

1  原告の主張

原告の本件係争年分の売上、収入及び経費等の実額(領収証等の書類の存しない必要経費の一部については最小限確実に推定される金額)及びこれによる事業所得金額は別表三記載のとおりであり、その正確性は、原告提出の書類等によって十分に担保されているものである。

2  被告の主張

納税者が所得の実額を主張し、推計課税の方法により認定された額が右実額と異なるとして推計課税の違法性を争うには、その主張する実額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証する必要がある。

しかしながら、原告は、実額反証をするに当たって、継続的に記録した帳簿書類(売上帳簿や現金出納帳等)を一切明らかにしない上、原告主張の売上金額には明らかな計上漏れも認められ、これが本件係争年分の総収入金額であるとは到底認め難い。また、総収入金額に対する収入原価を実額の方法で算定するためには、期首・期末における商品・原材料等の棚卸しに係る帳簿書類はもとより、仕掛かり工事に関する労務費、外注費その他の経費に係る帳簿書類の作成が必要であるところ、原告は右帳簿書類を提出しないから、原告主張の収入原価が総収入金額に対応する真実のものとは到底認められない。さらに、必要経費についても、これらの出捐を明らかにする帳簿は提出されておらず、原告提出の書類のみによっては、真実これに対応する出金がなされたか否かが不明であったり、摘要事項があいまいなため必要経費に算入し得るか否かが不明であるなど、その正確性を担保することができず、これを認めることはできない。

以上のとおり、原告の実額反証は、収入金額、仕入金額及び必要経費のいずれについても、合理的な疑いを容れない程度に立証されたとは到底いい難く、右実額反証による所得金額が原告の真実の所得金額足り得ないことは明らかである。

第四争点に対する判断

一  争点一(推計の必要性)について

1  証拠(乙四、証人落合基由、原告本人)によれば、次のとおり事実が認められる。

(一) 昭和六〇年ないし昭和六二年分に係る原告の確定申告書には、所得金額の記載しかなく、仕入金額及び必要経費の記載も、収支内訳書の提出もなかった。

(二) 宇都宮税務署においては、統括国税調査官の指示により、原告の昭和六〇年ないし六二年分の所得税調査を行った。右調査の具体的理由は、〈1〉原告の確定申告書に収入金額及び必要経費の記載がなく、収支内訳書の提出もなかったこと、〈2〉原告の申告所得金額が同業者に比較して過少であることが窺われたこと、〈3〉原告の調査を長期間実施していなかったこと等であった。

(三) 落合基由調査官及び荻原調査官は、昭和六三年四月二〇日午前一〇時ころ、原告事業所(兼自宅)に赴き(事前通知はしなかった。)、原告に対し、昭和六〇年ないし昭和六二年分の所得税の調査に来た旨述べたところ、原告が「今日は都合が悪いので調査は後日にしてほしい。」旨述べたので、日を改めて調査を行うこととし、具体的な日時については追って調整することとして、その場を辞去した。

(四) 原告は、翌二一日、落合調査官に電話し、「仕事の関係上、五月の連休過ぎにならないと都合がつかないので連休過ぎに電話する。」旨述べた。原告は、同月三〇日ころ、落合調査官に電話し、「五月一一日午前一〇時でお願いしたい。」旨述べ、同調査官もこれを了承した。

(五) 落合調査官及び萩原調査官は、同年五月一一日午前一〇時ころ、原告事業所へ赴き、事業所前の倉庫(約三〇平方メートルくらいの広さであった。)に通された。右倉庫には机と椅子が置かれ、机の上にはテープレコーダーが作動させて置いてあった。また、原告の依頼により、原告の所属する宇都宮民商の会長、事務局長をはじめ合計二六名の会員が立ち会っていた(なお、原告は、宇都宮民商の役員として、この時までに他の会員の税務調査に数十回立ち会った経験があった。)

調査官らは、テープレコーダーの排除を求めたが、原告は、「その必要はない。」としてこれに応じず、自分がなぜ調査の対象となったかを尋ねた。これに対し、調査官らは、「申告された所得金額が正しいかどうかを確認するためである。」旨答えたが、原告はこれに納得せず、「正しいと思って申告している。なぜ調査する必要があるのか。」とか「客観的な理由が明らかでなければ調査に応じられない。申告納税制度を覆すつもりか。」等と答えて押し問答となった。また、立ち会っていた民商会員らも、「税務運営方針を認めろ。」「調査は税務署の裁量でできるのか。」「所得税は憲法の下にある。川崎民商事件を知らないのか。」等と口々に発言し、原告に加勢した。その後も調査理由をめぐる議論に終始し、原告は帳簿等を示さず、調査官らはこれらの具体的調査に着手できなかったため、午前一一時ころ、その場を辞去した。

(六) 落合調査官は、同月二五日ころ、原告に電話し、「立会人を排除し、調査に協力してほしい。そうでなければ今後は独自の調査を進めざるを得ない。」旨伝えた。これに対し、原告は、「電話ではよく分からないので、こちらに来て説明してほしい。」旨答えた。その後一週間くらいして原告から落合調査官に電話があり、次回調査期日を同年六月一四日午前一〇時と決定した。

(七) 落合調査官及び萩原調査官は、同年六月一四日午前一〇時ころ、原告事業所に赴いたところ、原告の依頼により、宇都宮民商の会員七名が立ち会っていた。調査官らが調査に着手しようとすると、原告は、調査理由についての説明を求め、調査官らは前回同様の回答をした。これに対し、原告は、「所得金額の確認では理由にならない。税務運営方針にも理由がなければ調査できないと書いてある。」等と述べ、前回同様のやりとりに終始し、結局、原告は帳簿等の提示をしなかった。調査官らは、これ以上の調査の進展は期待できないと判断し、「今後は独自の調査をさせていただく。」旨述べて、午前一〇時一〇分ころに、その場を辞去した。

(八) 被告は、その後、取引先に対する反面調査により仕入金額を把握し、これに基づいて原告の所得金額を推計し、本件更正及び賦課決定を行った。

2  以上によれば、調査官らが原告事業所に臨場し、本件係争年分等の所得金額の確認のためである旨を告げて調査に協力を求めたのに対し、原告は、税理士でない第三者に立ち会わせ、調査理由の説明を執拗に求めたりして具体的な調査に着手できない状況に陥らせ、調査官らの説得にもかかわらず右非協力の態度を継続していたものと認められるから、被告においては、反面調査により把握した原告の仕入金額をもとに推計の方法によって本件各処分を行わざるを得なかったというべきである。

これに対し、原告は、調査官らが本件調査についての合理的理由を示さず、高踏的態度をとり続けたために調査できなかったのであり、原告は右理由さえ示されれば調査に応じていたものであるから、本件において推計の必要性は存しない旨主張する。しかしながら、税務調査において、調査理由を具体的に開示するか否か、第三者の立会いを認めるか否かは、税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解すべきであり、納税者においてこれらを求める権利を有するものではないところ、前記認定のとおり、原告は、第二回調査期日においては、二三名もの民商会員に立ち会わせた上、調査理由について執拗に開示を求め、その模様をテープレコーダーに録音までしたものであること、落合調査官が次回期日には第三者の立会いを排除するよう求めたのに対しても、次回臨場したときに改めて説明してほしい旨答えてこれに応じず、第三回調査期日においても七名の民商会員を立ち会わせ、調査理由の説明を執拗に求めているのであって、右経緯に照らすと原告が真摯に調査に応ずる意思を有していたとは認め難く、原告の前記行為は、不当な調査拒否と評価されるべきである。

3  以上によれば、原告の本件係争年分の所得税額の認定については、推計の必要性があったものと認められる。

二  争点二(推計の合理性)について

1  証拠(乙一の1・2・二、三、六、七、一四、証人印南賢二)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおり事実が認められる。

(一) 被告は、取引先に対する反面調査の結果に基づき、原告の昭和六二年分における仕入金額は三二六万五八一九円(藤井産業株式会社から一九六万三五三二円、明電産業株式会社から一三〇万二二八七円)であると主張するところ(別表二)、原告主張の仕入金額は別表三記載のとおり(右同額)であるから、原告の本件係争年分の仕入金額は、被告主張額を下回るものでないことが明らかである。

(二) 関東信越国税局長は、原告事業所を所轄する被告に対し、平成二年六月一一日付けで「訴訟事件に関する資料の報告について」と題する一般通達を発し、本件係争年分につき、次の(1)ないし(6)のすべてに該当する管内の個人事業者全員を対象として抽出し、〈1〉売上(収入)金額、〈2〉売上原価、〈3〉差益金額、〈4〉所得金額、〈5〉差益率、〈6〉所得率について報告するよう求めた。

(1) 暦年を通じて電気配線工事業を継続して営んでいた者であること。

(2) 他の業種を兼業していないこと。

(3) 所得税青色申告決算書を提出していた者であること。

(4) 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者であること

(5) 税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行って係争している者でないこと。

(6) 年間の売上原価の金額が一七二万円以上六九〇万円以下(右金額は、被告において把握した売上原価〔当初の主張額である三四四万九五三一円。なお、被告は、第三四回口頭弁論期日において、仕入金額及び売上原価を三二六万五八一九円と訂正した。〕の約半分から約二倍の範囲である。)の者であること。

(三) 被告は、右通達に従って一〇名の比準同業者を抽出した。右同業者の売上(収入)金額、売上原価、差益金額、所得金額、差益率、所得率は、別表四記載のとおりである。

(四) 被告は、前記一記載のとおり、原告の調査非協力によって、本件係争年分の期首、期末の棚卸高を確認できなかったため、前記二1によって把握した原告の仕入金額を基礎として、本件係争年分における期中使用量と購入量が同一であるとみなして、売上原価を右仕入金額と同額であるものとした。そして、右売上原価を右(三)の同業者の売上原価率(二五・七四パーセント。一-平均差益率。)で除して売上(収入)金額を算出し、右売上(収入)金額に右(三)の同業者の平均所得率(四九・一八パーセント)を乗じて原告の総(事業)所得金額を六二三万九八二〇円と推計算出した。

2(一)  そこで検討するのに、右1によれば、被告が比準同業者として抽出した者は、いずれも原告と同一事業者であり、その業態も電気配線工事業という一般的な業種であることからすれば、これらによって、事業規模等が類似する業者がある程度の数をもって抽出できれば、その差益率及び所得率は、原告の所得を推計するについて、実際値に近いものとしてこれを採用することができるというべきである。そして、前記通達は、本件係争年分の売上原価の金額が、原告のものとして把握された金額の概ね二分の一から二倍の範囲内にある業者を抽出することとなっているから、これらの業者は事業規模という点で原告と近似性を有するものというべきであり、また、これに所在地域の近接性や業種及び事業形態の類似性を勘案すれば、右通達によって抽出された比準同業者は、原告の所得を推計するについて、比準するに足るものというべきである。また、これらの事業者は、いずれも年間を通じて事業を継続する青色申告納税者であって、その所得金額が確定しているものであり、しかも、抽出方法は機械的で恣意の介入するおそれはなく、その数も個々の事業者の個性を捨象し得るに十分なものであるから、推計の基礎資料としての正確性も十分に担保されているというべきである。

したがって、実額で把握した原告の仕入金額を基礎とし、前記通達によって抽出した比準同業者に係る差益率・所得率の平均値を用いて原告の本件係争年分の所得を算出した被告の推計方法には、十分に合理性があるものと認められる。

これに対し、原告は、被告が事業規模及び実態について全く考慮せずに比準同業者を抽出し、機械的にその平均所得率を算出、適用したから、推計の合理性がない旨主張するが、右に説示したところに照らし採用できない。そもそも、通常程度の業態等の差異は、比準同業者の平均値を求める過程において包摂されるのであって、推計の合理性を覆すには、これに吸収され得ないような特段の事情の存在を立証する必要があるところ、本件において、右特段の事情の存在を認めるに足りる証拠は存しないというべきである(なお、原告本人の供述等によれば、原告は弟一人を雇用していたものと窺われるが、この程度の事実は、本件の比準同業者の収入額に徴し、通常程度の業態の差異の範囲内と認められる。また、青色事業専従者給与や青色申告控除額を控除した後の所得金額をもとに所得率を算出すべきである旨の原告の主張は、推計課税により白色申告者に青色申告の特典を認めることになる点において失当である。)。

(二)  もっとも、推計の基礎とした原告の仕入金額についての被告主張額が変更されたことにより、いわゆる倍半基準として設定した範囲にずれが生じることになるが、そもそも右倍半基準とは、同業者率による推計を行うに当たり、当該納税者と比準同業者との規模の類似性を担保するために課税庁によって考案された一つの基準に過ぎないのであるから、厳密には倍半基準を充たしていなくとも、選定された者がおおむねその範囲内にあり、前記類似性を担保し得るに足るものと認められるときは、このこと自体によって推計の合理性が失われるものでないことは明らかである。

本件において、被告が前記通達により設定した売上原価の範囲を、変更後の被告主張額に当てはめると、約〇・五二七以上約二・一一三以下となり、いわゆる倍半基準の設定値よりは若干高くなっているものの、そのずれは比較的小さいといえる上、被告が選定した比準同業者の売上原価は、別表四記載のとおり、最低一九三万四八〇三円、最高五〇一万〇九四五円であって、これは変更後の被告主張額を基準とした倍半基準の範囲(約一六三万円以上約六五四万円以下)内にすべて収まっているのである。そうすると、前記主張額の変更に伴って生じた倍半基準の範囲のずれにもかかわらず、原告と本件比準同業者の類似性は十分に担保されていると認めるのが相当であるから、これによって推計の合理性が失われることはないというべきである。

三  争点三(実額反証)について

1  原告は、請求書、領収証、出金伝票等の記載に基づき、原告の本件係争年分の売上、仕入及び経費の各実額を主張する。

ところで、推計課税は、納税義務者の協力を得られないなどの理由により、税務当局が実額を調査することができず、これによる課税をすることができないときに、やむを得ずこれに代えて行われるものであるから、納税義務者が実額を主張して推計の方法による課税処分を争う場合には、収入及び経費の額を最も良く知っている立場にある納税義務者の側において、その主張する収入及び経費の各金額が存在すること、その収入金額がすべての取引先からの収入金額であること、その経費がその収入と対応するものであることを合理的な疑いを容れない程度に証明しなければならないものである。

2  そこで、この点について検討する。

(一) 売上について

(1) 証拠(乙四、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、審査請求の段階において、各年分の収入金額及び必要経費を各科目ごとに記載したルーズリーフ式の帳簿様のものなどの資料を国税不服審判所に提出し、これに基づいて実額による主張をしたが、右帳簿様のものについては、収入及び支出の金額が一括して記載されていたり、支出年月日が前後して記載されているなど、収入及び支出に係る日々の取引実績額を継続的に記録した帳簿とは認められないものであり、その他に、原告の収入及び支出を継続的に記録した帳簿類(売上帳、現金出納帳等)は作成、保存されていなかったと認められる。

(2) 原告は、本件訴訟においては、右ルーズリーフ式の帳簿様のものを提出せず、売上金額に関する証拠として請求書控え及び領収証控え(甲三の一ないし一〇七、甲五の一の一ないし甲五の三の二六)のみを書証として提出するが、そもそも、原告が日々の取引を継続的に記録した帳簿を作成、提出していないことに照らすと、右各書証の提出のみによって原告主張の収入金額が本件係争年分における原告の収入金額のすべてであるとは認め難い(現に、審査請求時に原告が主張した収入及び経費の各科目の金額と、本件訴訟で原告が実額として主張する各科目の金額とは、その大部分において相違していることが認められる。)。

のみならず、証拠(甲三の一ないし一〇七、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告が本件係争年分の売上金額に関する証拠として提出した請求書控えはカーボン紙をはさんで複写する形式のものであり、そのため裏写りしているものがある(例えば、甲三の一四、二〇、二三等)ところ、かかる裏写りがあり、同内容の請求書控えの存在が窺われるのに、これに該当する請求書控えの提出のないものがあること(例えば、甲三の一二、八四、一〇二等)及び、原告はこの点に関し何ら合理的な説明をなしていないことに照らすと、原告は、本件係争年分の売上に係る請求書控えの全部を提出していないものと推認される。

したがって、原告主張の収入金額が、本件係争年分の収入金額のすべてであるとは認め難いから、右主張は失当である。

(3) なお、原告は、原告主張の実額による収入金額が被告主張の推計による収入金額を上回っていることをもって、収入金額には争いがない旨主張するが、右推計による収入金額は、推計過程において算出された平均値としての性質を有するものに過ぎず、これをもって原告の具体的な収入金額とするものではないから、右主張には理由がないことが明らかである。

(二) 経費について

(1) 収支実額計算における売上原価の額は、期首棚卸金額に期中仕入金額を加算し、そこから期末棚卸金額を控除した金額でなければならないところ、原告は、本件係争年分の期首、期末の棚卸しをしておらず(棚卸金額は、所得税法四七条一項に従って適正に評価した金額でなければならないが、原告のこの点の主張額は変遷している。)、棚卸原票その他この点を明らかにするための資料を作成、提出していない。また、証拠(甲四の一ないし三二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告主張の藤井産業株式会社及び明電産業株式会社以外にも仕入先があることが窺われる。

したがって、原告主張の仕入金額が、売上原価のすべてであるとは認め難い。

なお、原告は、原告主張の実額による仕入金額は被告主張の推計による売上原価と同額であるから、売上原価には争いがない旨主張するが、右推計による売上原価は、被告が調査によって把握し得た最低限の額としての性質を有するものに過ぎず、これをもって原告の売上原価の実額とするものではないから、右主張には理由がないことが明らかである。

(2) 原告は、仕入以外の必要経費に係る証拠として、請求書、領収証、出金伝票等(甲四の三三ないし二六四)を書証として提出するが、これらについても裏付けとなる帳簿類は作成、提出されていないため、各書証記載の金額が真実支出されたかは明らかでなく(例えば、甲四の五三等)、また、右各書証の中には、摘要欄の記載が曖昧なため必要経費として支出されたものか否か不明であるもの(例えば、甲四の六四等)も含まれている。

(3) そもそも、前記(一)説示のとおり、原告主張の収入金額が、本件係争年分に係る収入金額のすべてであるとの立証がなされていない本件においては、仮に原告主張の各経費が真実支出されたことを立証しうるとしても、これと収入との対応関係を立証することはできないから、結局、実額反証としては無意味に帰するといわざるを得ない。

3  以上のとおりであるから、原告の実額反証は、その余の点について個々具体的な検討を加えるまでもなく失当であり、原告主張の所得金額をもって、真実の所得金額と認めることはできない。

そうすると、原告の本件係争年分の事業所得金額(総所得金額)は、被告主張のとおり六二三万九八二〇円となるから、本件更正及び賦課決定のうち、右金額の範囲内で計算された額の部分は適法であるが、その余の部分は違法であることになる。

四  結論

よって、原告の請求は、本件更正及び賦課決定のうち、総所得金額を六二三万九八二〇円として計算した額を超える部分の取消を求める限度で理由があるから、右部分を認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 島内乘統 裁判官 石田浩二 裁判官 角井俊文)

別表一

昭和六二年分

〈省略〉

別表二

〈省略〉

別表三

昭和62年分営業所得決算

〈省略〉

別表四

同業者率表(昭和62年分)

〈省略〉

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